ディズニー映画感想

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白雪姫

私の視聴回数ベスト3に入るであろうディズニー映画「白雪姫」。
子供の頃から何度も何度も観てきました。どこを観ても楽しい。こんなに楽しいシーンばかりの映画そうそうない。

英語に字幕で観る作品がほとんどなのですが「白雪姫」は吹き替えで観ることが多いです。
昔から吹き替え版を繰り返し観ていた親しみもありますが、白雪姫の吹き替えをされている小鳩くるみさんの声が本当に可愛らしい。
女王と物売りも同じ方が演じられていると知ったときはあまりの違いに驚きました。崖下に落ちていく物売りの悲鳴なんて…声優さん本当すごい。

そんなわけで大好きな「白雪姫」めちゃくちゃ長くなってしまいました。


▼オープニング

まずあの本を開いて始まるオープニングがめっちゃ好きなんですよね。
どんどん装丁が豪華になって「眠れる森の美女」の頃にはゴテゴテになってるアレです。
中身のページもキラキラかつ凝ったデザイン。

そして、歴史あるディズニー長編映画のなかで誰よりも先に登場したのは白雪姫ではなくヴィランである女王。

白雪姫が掃除をするシーンから始まり王子と出会う、それをみた女王が鏡へ問いかけるという流れでもストーリーは成立します。
でもお話の始まりは女王で、実際その方が面白いですよね。こう感じるのはきっと女王がヴィランとして魅力ある存在だからだと思います。

ディズニーヴィランは悪役ですが決して嫌われ役ではないです。むしろ主人公よりヴィランが人気なのではという作品もあります。
主人公から悪役に至るまで魅力的なキャラクターを、存在意義を、という姿勢を感じます。


▼「白雪姫」のゴール

「ワン・ソング」では白雪姫が口づけた鳥が王子のもとへ飛び立ち、王子に口づけします。
開始10分足らずで二人はもう両想い、結ばれているんですよね。
「白雪姫」におけるラブロマンス的な部分はこの時点でほぼ完成しているんです。

結末が「王子様と幸せに暮らしました」なので勘違いしがちですが「白雪姫」が絶対にたどり着かなければいけない結末は「王子との結婚」ではなく「女王を倒す」なんですよね。
白雪姫に迫る危機は「女王の嫉妬」。
王子と結婚したって女王を倒さない限り白雪姫の安全で幸せな未来は約束されません。

「白雪姫」のメインは恋物語ではなく魔女退治の英雄譚、白雪姫が幸せを掴むまでの冒険譚なのだと私は思います。

王子様との結末がいらないわけじゃないですよ!
このラストだからこそ、ハッピーで感動的で世界中に愛される話として完成されたのですから。
魔女を倒しても白雪姫が死んだままじゃ救いがなくて、子どもたちに読ませる童話としては受け入れられなかったでしょう。

王子様との最後のやりとりはハッピーエンドにつながる大事な部分ではあるのですが、ハッピーエンドにこだわらなければ「魔女を倒した」ところで終わっても話は成立します。
王子と白雪姫が再会しなくても話は完成しますが、魔女を倒さないと話は終わりません。
魔女が魔法の鏡に美しさを問い続ける限り白雪姫は狙われるでしょうから。

『森に逃げ込んだ白雪姫は魔女には運良く見つからず、王子様と再会し幸せに暮らしました。』じゃつまらないですよね。

「物語」としての面白さを追求したときに外せないのはどちらか、となったときに優先されるのが「王子様との恋物語」より「魔女退治」なんですね。


▼白雪姫の運命が変わるとき

白雪姫といえば幼少期のトラウマ、ディズニー屈指の恐怖映像との呼び声も高い森の中を逃げ惑う場面は有名ですが、私は幼少期から今もこのシーンがめちゃくちゃ好きです。

ボロを着ていたとはいえお姫様として城で暮らしていた少女が城を追われ、頼るあてもなく身一つで森へ放り出される。
あの畳み掛けるような恐怖演出の数々は「なぜ、これからどうしたらいいの」という白雪姫の絶望で、ジェットコースターのような疾走感が白雪姫の運命の激変を思わせます。

さっきまで王子と愛を交わしていた白雪姫が何もかもにおびえる姿は、物語の雰囲気もガラッと変えました。
あのシーンのドキドキには恐怖と同時に「物語が動き出す」という期待が含まれています。


▼プリンセスたるゆえん

一人泣いていた白雪姫ですが動物と出会い「大騒ぎしてごめんなさい」「あんなに怯えて恥ずかしいわ」と言います。
怖い思いをしたにも関わらず、森の動物たちへの非礼を侘びて取り乱した自分を恥じるんです。これぞロイヤルの心。

ひとしきり不安を吐き出した後は「困ったときはどうすれば?」「歌うのね!」と現状打破を目指す白雪姫。
明るく優しく、くよくよしない。前向きに明るい未来を信じる。シンデレラやベルにも共通する、プリンセスの鑑です。
白雪姫は生まれついてのお姫様なので、正に血筋も心も揃った「正統派プリンセス」なんですよね。

「待っていただけ」「運がよかっただけ」とクラシックプリンセスを批判する人がいますが、この時点で現状を悲観し腐らない芯の強さがなければこの先の白雪姫の幸せはありません。
ただメソメソ泣いているだけの白雪姫を動物たちは小人の家へと案内してはくれませんから。

最近のプリンセスやヒロインのような物理的な強さはなくても、クラシックプリンセスたちには精神的な強さがあります。
希望を捨てずにいる、ということは言うほど簡単ではないと私は思います。


▼いい意味での王族らしくなさ

白雪姫が動物たちと一緒に小人の家を掃除する「口笛ふいて働こう」のシーン。ここもとても楽しいですよね。
クモの巣だらけになったリスのしっぽをこのあとどうするんだろう…と少し心配したりした幼少期(笑)
亀の甲羅で洗濯するのに憧れて、母親に頼んで洗濯板で自分のシャツを洗った記憶があります。

白雪姫は掃除をするきっかけとして「お掃除したら泊めてくれるかもしれない(※字幕)」と発言しています。(吹き替えでは「お掃除すればきっと喜んでくれるわ」)

上で白雪姫を「正統派プリンセス」と評しましたが王族キャラにありがちな「よくしてもらって当然、やってもらって当然(対価を払うことを知らない)」というのが白雪姫には一切ないんですよね。
ラマになった王様」のクスコはパチャが城まで送ってくれて当然と思っていました(まぁ彼は極端に駄目な王族というキャラ付けでしたが)

生まれながらの王族というと「アラジン」のジャスミンがいますが、ジャスミンはその育ち故に屋台の果物を対価を払わず手に取り泥棒として追われるという展開になっています。

白雪姫は何かを得るためには対価がいる、そして自分が提供できるのは家事という労働力であるということを理解し、当たり前に実行しています。ついさっきまで城住まいだった王族が。
高貴な者としての振る舞いを心得ながらも一般市民の感覚も有する白雪姫は「理想の王族」といえるかもしれません。

絶対いやですが白雪姫が「我王族ぞ?泊めてもらって当然」「掃除?したことない。パイ?作ったことない」というキャラだったら多分小人の家には滞在できず森に放り出されるでしょう。
女王の嫌がらせが図らずも白雪姫を救ったと言えなくもないのが皮肉です。


▼小人たちあれこれ

白雪姫で、ディズニー楽曲でもかなり有名な「ハイ・ホー」。
VHSの吹き替えでは「仕事が好き」と歌っていたのですが、実際は「定時ださぁ帰ろうぜ(意訳)」みたいな歌詞だと知ったときは驚きました。めちゃくちゃ仕事好きなんだと思ってた。

宝石の採掘シーンは本当にキラキラで素敵です。先生が投げ捨てるクズ石も綺麗なのでもったいないなぁと思ってました。
おとぼけが目にダイヤをはめるシーンはみんな好きだよね?
意味のないカギとか、登場直後からおとぼけは只者じゃない感がすごい。

白雪姫を怪物だと思ってひと悶着あるシーンや手洗いなど小人の家でのシーンはディズニーの本領発揮といわんばかり。

手洗いのシーンでせっけんが口に入る直前のおとぼけの四つん這いの姿は「ミッキーのハワイ旅行」でのプルートとカニの戦いを彷彿とさせますね。
ヨーデルの最後、くしゃみによって天井に打ち上げられて梁の上で耳をパタパタさせるのはダンボそっくり。
(「白雪姫」はディズニー映画の祖なので「後発映画の方が白雪姫のあのシーンをオマージュしている」と言ったほうが正しいのですが)

一つの作品から複数の作品に繋がる要素を見つけられる、ディズニーのそういうところが好きです。

そして「小人たちのヨーデル」でおこりんぼが弾いているオルガンもですが、めちゃくちゃ気になるあのイス。
そのアコーディオンみたいなイスなに!?おしりめっちゃ柔らかくない!?いやでもケツ筋すごいだろうな!?

小人はそれぞれみんな魅力的です。
しっかりものと見せかけて意外と抜けてるお調子者な先生から始まり、てれすけの「俺…照れちゃう〜!」とくしゃみの「どうも…」は本当にかわいい。
おとぼけがねぼすけのヒゲから顔を出すかわいいシーンも2回あるんですよね。おとぼけとねぼすけのゆるゆるコンビで何かしてほしい。
そしてとにかくコミュ力おばけのごきげん、気のいい知り合いのおじさんって感じでとても好き。
おこりんぼについてはこの後怒涛のおこりんぼのターンがくるから!

おこりんぼ、やたら「女め」「女が」「女は」と言うのがガンダムWの張五飛を思い出して笑ってしまう。ごめん。

ヨーデルの後「親切にしてくれたお友だちをお守りください」と願う白雪姫。白雪姫にとって小人たちはお友だちなんですね。命の恩人とかでなく「お友だち」という表現、いい。
「おこりんぼに好かれますように」という願いにキュンとします。安心して!もう大好きだから!!


▼カットされた名曲

小人の家にきた白雪姫はスープを作っていたのにそのスープを食べるシーンはありません。

「ミュージック・イン・ユア・スープ」という曲がそのシーンにあたり、アフレコ済で映像もかなり出来上がっていたのですが話の流れが悪くなるとのことでカットされてしまったそう(ディズニー+配信「白雪姫 魔法の秘密」より)
wikiには小人たちのスープの食べ方があまりに行儀が悪く好ましくないと判断された、と載っていました。ひどい理由だ。

まぁ手は洗わない洗い物はしないテーブルに飛びかかってパンの奪い合いをしていた彼らがスープを飲むときだけお行儀がいいわけはないよね…

家にあったVHSには未彩色の映像が特典として収録されていたので幼少期はそれを繰り返しみていました。
ディズニー+で視聴しているとそのシーンがないことに違和感を感じるレベルで観ていたのでカットシーンであることが残念です。

販売年によってはDVDにも収録されているものがあるようです。「白雪姫」自体すでにパブリックドメイン化しているのでネットにも落ちているかもしれませんね。


▼トラウマシーンその2

女王から物売りへの変身薬を作り変身するシーン、そして毒リンゴを作るシーン。
こちらもトラウマと呼ばれるものですがやっぱり私は大好き。
地下への階段を降りる女王のガウンが翻る様が本当に美しく、本当に長編手描きアニメの祖なのか…?と疑わしい完成度。

そういえば女王も自分の地下秘密基地に水路準備してるんですよね、ラマ王のイズマ様と気が合うのでは?

女王が毒リンゴの作り方を調べる本、ディズニー作品はいちいち本のデザインが素敵すぎるよ…1/1でレプリカ出して…

化学実験みたいな装置もたまらん。パーク内の研究室とかも大好きなんですよね。
手を加えるたびに色が変わり煙が出て泡が湧き出す変身薬はあんな姿になるのに「飲んでみたい…」と思ってしまった。
毒を染み込ませた後のリンゴの方が美味しそうな色になるのがなんとも。

いざリンゴを売りにゆかんとする物売りの「生き埋めじゃ〜〜!!」というセリフが生き生きしすぎている。大好き。

そして城を出た物売りを、物言わぬハゲタカがずっとつけ回してるのが不穏な空気ビンビンでたまらないですよね…


▼運命のとき

仕事に出かける小人たち一人ひとりを見送る白雪姫。
何度も並んじゃうおとぼけもですがおこりんぼのかわいさよ…木にはぶつかるし小川には落ちるし橋に頭はぶつけるし…全部白雪姫が気になっちゃうからですよね…尊い

留守番中の白雪姫がパイをつくるシーンも大好き。
はみ出た生地をカットするところの柔らかさ、小鳥が足で模様をつけるところ。
ディズニーの描くスイーツが好きなのですが(アリスのクッキーとか)白雪姫にはあまり食べ物が出るシーンがないのでこのシーンは貴重です。

幼少期には最後に生地で書いた言葉がなんなのかわからなかったんですが成長してから「おこりんぼ」と書いてあると知り、もう…もう…!!

物売りの来訪がなかったら帰ってきた小人たちが「おこりんぼだけ!?」「次は自分!」となって「ふん!」と言いながらもめちゃくちゃ嬉しがるおこりんぼの姿とかがあったのでしょうか。みたい。

そこからの物売りババーン!!は心臓に悪い。
でも物売りはもう出てくるだけで面白い。女王の時から魅力120%増しくらいになってる。

物売りが現れてから白雪姫が倒れるまで、物売りが画面に出ている間ずっとハラハラするんですよ。ずっとドキドキできる、すごくない?


そしてここからおこりんぼがナイトに変わるんですよ!!!

白雪姫の危機に気付いてからの行動が一番早く、そこからずっと先陣をきることになるのが今までの先生じゃなくおこりんぼなのが!!おこりんぼ、お前、お前〜〜!!

さらっと「白雪姫が女王に捕まったかな?」と確信をつくねぼすけも高ポイントです。


▼どこをみても恐怖

白雪姫の危機にこそ間に合いませんでしたが、小人たちは物売りを追い詰めることに成功します。

このとき物売り視点で追ってくる小人を映す場面があるのですがこの一場面があるかないか、すごく大きいと思うんですよね。
あんなに可愛かった小人たちが物売り目線のあのシーンではとても怖くみえました。

白雪姫を殺した魔女は恐ろしい存在ですが、魔女からしたってあの場面は恐ろしいんですよ。

念願かなって白雪姫を始末したものの後ろには怒り心頭で追ってくる七人もの小人、対する自分は一人の老婆です。
雷鳴轟く雨の中の崖、追われる魔女の焦りは相当のものだったでしょう。どうしよう、って言ってるしね。

白雪姫を殺した憎き魔女を追う小人、怒りに震える小人に追われる魔女、あのシーンはどちらの立場に立っても怒りや恐怖しかないです。更にそれを煽る嵐。
物語終盤にふさわしい緊迫感だと思います。


▼死の描写

食べかけのリンゴと手のみを描くことで白雪姫の全体を映すよりショッキングな印象を与えています。物売りの死に関しても死体を映さない同様の手法が取られていますね。
子供への配慮ももちろんあるのですが、死体を映さないことがより恐怖を煽る演出となっています。

ずっと物売りをつけ回していたハゲタカがゆっくりと舞い降り、その姿が雨にぼやけていくのはゾッとします。無音でゆっくり、っていうのがまた。

女王の地下室の死体も、白雪姫を逃した狩人だと判断できるアイテムをあえて置いていないんですよね。話の展開的に「おそらくそうだろうな」と解釈はできますが。
帽子だのなんだのであの白骨が彼だとアピールすることもできるのにあえてしない、想像の余地みたいなものを残している。それがいい。


▼王子様への批判

エピローグ、白雪姫の死後のストーリーが語られます。
雪が降ったりしている演出から白雪姫が死んでから月日が経っていることがわかりますね。

そしてここでもおこりんぼが心をかき乱して来る。
白雪姫の棺に花を捧げるときも、みんなは棺の周囲なのにおこりんぼだけは白雪姫の手に…
あの後、自分の名が刻まれたパイをみたおこりんぼの心情を思うと涙無しにはみられません。

そしてこのエピローグではキャラはほとんどセリフを話さず、BGMとナレーションだけで物語は進みます。
最初に書いたとおり「白雪姫」の最たる目的はもう達成されていますから。

この「王子様のキスで目覚める白雪姫」というラストが最近は面倒くさい批判にさらされてるんですね。

この結末のせいか「寝てる(死んでる)ときにいきなりキスする相手に恋はしない」「王子様は死体愛好家」なんて言われることがちょいちょいあります。が、少なくとも「D版白雪姫」においては全く検討違いだと思います。

最初に述べたように、白雪姫と王子はすでに結ばれているんです。このときが初対面じゃないんですよ。
白雪姫が城を追われたあの日から、王子はずっと白雪姫を探し続けているとしたら?

行方のわからなくなった恋人を探し続け、ようやく発見するも、恋人はすでに亡くなっていた。
(季節が巡っている演出や、ナレーションから王子が森にたどり着いたときは白雪姫の死後から時間が経っていることがわかります)
死してなお眠っているかのように美しい恋人に口づける。

王子のこの行動に批判的な人って王子と白雪姫がこの時点で初対面だと勘違いしているとか、二人はすでに結ばれた関係であることが抜け落ちてる、もしくは知らないのではと思います。

死体愛好家の点も、王子は「死体になった白雪姫」を愛したのではなく「生きている白雪姫」に恋をしたのです。
そもそも死体愛好家なら白雪姫が蘇ったことを喜ばないでしょうし、連れ帰りもしないでしょう。白雪姫が蘇ったことを王子はとても喜んでいるように見えます。


▼本当の「特別」

今度こそ幸せになるべく王子と白雪姫は小人に別れを告げ、ここで物語は終わりです。

あのおこりんぼも白雪姫とお別れ。

白雪姫が目覚めたとき=王子にキスをされたとき、白雪姫の手からは花が落ちます。
そう、ついさっきおこりんぼが白雪姫に捧げたあの花ですよ。
あの瞬間、おこりんぼと白雪姫の間の「特別」は終わりを告げます。白雪姫の「特別」は王子様ですから。

白雪姫の腕から花が落ちたときは白雪姫を守る役目がおこりんぼから王子に代わったとき、白雪姫が本当に「お姫様」になったときだと思っています。


でも別れのときもおこりんぼだけは字幕でも吹き替えでも名前を呼ばれてるんですよ!(諦めが悪い)

※おとぼけは字幕では「おとぼけさん」と表記されてますが吹き替えでは「元気でね」というセリフに置き換えられています


めちゃくちゃ長くなってしまいました。

昔からおこりんぼがすごく好きだった、というわけではないんですが深く観れば観るほどおこりんぼを好きにならざるを得ない。おこりんぼ、元気で幸せに暮らしてくれ…

本筋は童話に沿っていますけど、童話をそのままなぞっただけのものをわざわざ借金してまで作るわけないんです。
童話「白雪姫」をウォルト・ディズニーがすごく素敵に膨らませてできたものがこの「D版白雪姫」なので、あらすじ知ってるし、という理由で観たことない方はぜひ一度観てみてほしいです。